書を捨てよ、町へ出よう

Throw Away Your Books Rally in the Streets.

【映画】ダニー・ボイル監督『スティーブ・ジョブズ』

 

とてもよかった。

 スティーブ・ジョブズの人間的な変化に焦点を当てて作成された映画。単なるサクセスストーリーではない。

「まったく、いつもこうだ。発表会の5分前になるとみんな酔っ払って本音をぶちまけてくる…」

新作発表会のシーンを中心にスティーブの周辺の様々な人物たちが動く。ひとつのシーンを中心に、過去と行き来しながらスティーブの人間としての本質を探っていくという点で非常に舞台的だ。

映画の柱となっているのがスティーブと認知を拒んだ娘リサとの関係だ。「お前は娘ではない」とリサを拒み、他者に対して素直な愛情を表せないところに、スティーブにとって致命的とも言える人間としての本質のようなところがあり、物語が進むとともにその人間性の変化が垣間見えてくる。

他者に対して愛情を表すことができない。おそらく彼が彼自身を愛することができなかったからなのだろう。人は自分を愛せなければ他人を愛することはできない。映画の終盤近くに、「私は返品されたんだ」という自身が養子となった家庭環境を吐露する。親に養子に出され、さらに一度引き取られた弁護士夫婦からも拒否された経験が、彼が自分自身を愛することができなくなった理由として描かれる。

しかしスティーブはウォズやリサなど様々な人々との関係性の中で変化していく。

物語のラスト、iMacの発表会直前に娘のリサを呼び出すが、リサは「あなたは冷酷な父親だった」と強く拒絶する。走り去るリサを追ったスティーブが詰まるようにして言った言葉はこうだった。

「ポケットに音楽を入れてやる。何百曲も、何千曲も、いや…500と1000の間ということにしておこう。ポケットに入れてやる。」

これが彼なりの愛情の表し方なのだ。自分の作り出した世界観から生まれた製品で「ポケットの中に1000曲」を与えることが、リサへの愛情の渡し方だった。ただ単純に「君を大切に思っている」と言う言葉が出てくるわけでなく、「ポケットの中に1000曲入れてやる」と言う切実で拙い愛情表現には胸にくるものがあるし、スティーブの生み出した製品はだからこそ魅力があるのだろう。おそらく彼が生み出した製品は「他者を愛し自分を愛する方法がわからなかった」スティーブ自身が世界と結びつくための唯一の接点でもあったのだ。